The memories are sweet, too sweet
プロローグ
その紙切れがただの紙切れか、あるいはメモなのかを決めるのは何であり、いつであるのかというのは一筋縄ではいかない問題のようでもある。
そこに何事かが記されていて、その内容にそれなりの意味を見出すことができれば、それは一応メモと呼ぶことができそうだ。
したがって、それがメモかどうか決されるタイミングに関しては、その意味を見出した瞬間ーそこになんの意味もないと決定した瞬間と言い換えても良いがーとしておくのが適切だろう。
そのようにして、ただの紙切れがメモと判断され、決定されたことからこの物語は始まる。
いつものように
「これなーんだ?」状況から判断したところ、明らかに過剰な喜びを伴って補助者が場に深遠な問いかけを投げた。
「ゴミ」行政書士が即答した。
ゴミ以外の回答が思い浮かばないほど見事にゴミな物体だったからだ。
適度に丸められた紙片は、それが宿命的にその役目を終えたことを物語っていたし、少し黄ばんだ色合いは、忘れ去られてからの時間の経過を顕著に表していた。
その回答に補助者は明らかにガッカリした様子だったが、事務員の「でも、なにか書いてるみたいだよ」という言葉が補助者を勇気づけた。
「そう!」再び最初の喜びを伴って、補助者は語りはじめた「そうなんだよ!これはおそらくなにかのメモなんだ。でもまだ中身は確認していないんだ。三人で一緒に見たいと思ってさ」
事務員の言葉によって、行政書士の好奇心はもはや押し留められないほど掻き立てられていた。
事務員は、ただ文字が書いているからといってそれを指摘するような質ではないのだ。
そこに意味があり、その意味に拡がりがある時でなければ、決して口を出さない。
「ちょっと見せて」そう言って、行政書士は補助者の手の中にあったクシャクシャの紙切れを受け取った。
なるほどたしかに、そこには文字が書いているようである。
雛鳥を扱うように慎重に紙片を開こうとしていると、事務員がふと「Sweet Memories」と言った。
行政書士と補助者はキョトンとして顔を見合わせてから、恐る恐る(この時の二人の心情はまさに「恐る恐る」というのがピッタリだった。それはつまり確実な予感から来る恐れだった。)紙片を開いた。
そこにはこう書かれていた。
「The memories are sweet, too sweet」
行政書士と補助者は一瞬体をこわばらせてから、同時にその文字を読み上げた。
それを聞いた事務員は「うん、そんな気分だね。今日はうちの福利厚生やろっか」と言った。
しらぬひ行政書士事務所では、職員の福利厚生としてセッションタイムを設けており、楽器の演奏を楽しむことができるのだ。
楽器は事務所に常備している、もちろん。
行政書士は驚いたような、呆れたような顔をして「いいね。わざわざ言うまでもないかもだけど、曲はSweet Memoriesでいこう」と言った。
補助者は訳が分からないといった様子で行政書士と事務員の顔を何度か交互に見てから、「じゃあ、楽器の用意するね!」と言って無邪気に笑った。
今週のお題「メモ」