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英文学、企業経営、そしてグラフィックデザイン

Dance at the Gardenーあるいはヤマビルはいかにして我々の靴下を上るかー

しらぬひ行政書士事務所の庭

5月の美しさが過ぎ去った梅雨時の空気はどこか陰鬱なようでもあり、来たるべき夏に備えた陽気さをその奥底に隠し持っているようでもある。

 

窓の外には

「わー。ジャングルみたい。」

事務所の窓から外を眺める補助者がまったく表情のない声色で言った。

一体なんのことかと思い、行政書士も窓から外を眺めてみると、ここは屋久島かとツッコみたくなるほど豊かに植物が育った庭の景色を目の当たりにした。

事務所の庭は建物の裏手にあり、さらにその向こうは道路なのだが、結構な高低差があり、壁のようになっている。

したがって、その庭は外部の目に晒されることがほとんどなく、日々の業務に追われている行政書士、補助者、そして事務員にもあまり意識されることがない。

その結果、ここしばらくの陽気と雨天のおかげで草花は完全なるコンディションを手にいれ、元気いっぱいに育ってしまっていたのだ。

草だけでなく、色とりどりの花々も咲き乱れ、百花繚乱といった風情でさえある。

事務員も窓際によび、3人でしばらくうっとりと(あるいは呆然と)その庭を眺めた。

「まずは」事務員が口火を切った。「この庭をなんとかするのが最優先の仕事みたいだね。」

「じゃあ、午後から早速やろう!」と補助者が言った。

「ちょっと待って」若干食い気味に事務員が答えた。「それについての会議から始めよう。」

事務員の指摘はいつも正しく、思慮深いのだ。

 

庭が議題の会議

すでに気候は夏の気配を湛えており、日中に庭で作業を行うのはハードすぎるというのは明白な事実だった。

そこで、実際に作業を行うのは午前中にしようということになった。

日取りについては、雨が降っていない日。

ピーカンの晴天よりも、曇天の方が理想的であろう。

梅雨の期間に入っているので、雨が降っていないチャンスを逃さずに活かさなければならない。

土用はもちろん、避けなければならない。

春土用はすでに終わっているし、夏土用は7月20日から8月7日なので、今回は心配には及ばないだろう。

行政書士をやっていると、建築関係のクライアントと関わることも少なくない。

世間で言われているように、建築関係の方々は、土用に対する意識がその他の業界の人間よりも敏感であると実感する。

行政書士も事務員の影響で暦を気にするようになって久しく、この辺りは事務員に対してとても感謝している。

ニュースなどでは異常気象についてよく語られるが、二十四節気や雑節などを見ていると、この世の大いなるサイクルが美しく循環していることを肌で感じることができるのだ。

 

補助者のおそれ

事務所の庭のメンテナンスについて概ねのコンセンサスが形成された頃、補助者がモゴモゴとなにか言いたげな気配を漂わせた。

「どうした?」行政書士がその様子を察して聞いた。「他にも言っておいた方がいいことあれば、言っておいてよ。」

少しだけためらったように視線を漂わせた後、補助者が言った。

「えーと、あの、うんそうだね。いや、ヤマビルが出たらやだなあって。ほら、さっきみんなで見たけど、庭ってジャングルみたいになってるだろ?だからさ、庭掃除してる時にヤマビルが出たらやだなって思ったんだよ。」

懸命に意見を述べる補助者を見て、行政書士と事務員は顔を見合わせ、一瞬、間を置いてから笑い声をあげた。

「なになに?なにが面白いの、2人とも?」

補助者はわけがわからないという表情で戸惑っている。

「君はヤマビルのことが気になって仕方ないようだね、いつも。」と行政書士が言った。

それを聞いて、ますます堪えきれないというように事務員が笑い声をあげた。

笑い転げる2人を前にして、何がなんだかわからない補助者は不機嫌そうな様子だ。

 

ともかく、そういうわけで、ガーデニングブーツを3足用意することになった。

もちろん、事務所の備品として。

 

今週のお題 「最近買った便利なもの」

 

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