Case

英文学、企業経営、そしてグラフィックデザイン

メタファーについて語る行政書士とその補助者

グラノーラビスケットにマスカルポーネ塗ったん

開口一番

「そういえば、どうでもいい話してもいい?昨日の帰り道の話なんだけど、あっ、帰り道ってのは学校からの帰り道ね。ほら、昨日教授達と話し合いやってきただろ、で、その話し合いの中で…って、いやいやちょい待ちその前にどうでもいい話のほうなんだけどさ、いい?」

 部屋に入ってきて扉が閉まり切る前に補助者はまくしたてるように話し出し、ここまで話し終わったと同時に、まるでひと段落つくタイミングを測ったかのように扉がバタンと音を立てて閉まった。そして、どうでもいい方の話をしても良いかどうかの回答を待つことなく、続きを話し出した。

「それでさ、ホームに立ってたらさ、これがホント信じられない話なんだけど、電車が入ってきたわけ、いや、電車が入ってくるのは全然信じられるんだけど、もちろん。いや、信じられないってのは電車のことじゃなくて、そこのホームで待ってた人のこと。まあ、平日の昼間だったからそんなにいっぱい人がいたわけじゃないんだけど、うん、そんなにはいなかった、あの駅が混むのはどちらかといえば平日では夕方かなーって、それはどの駅でもそっか、でも住宅地の駅だと朝が混むよね、やっぱ、っていやいやそうじゃなくてビックリした話なんだけど、うーん、どこまで話したっけ、あっそういえば教授がさ、○○短大の授業ひとつ持たないかっていうんだけど、どう思う?やって良いかな?いい?オッケーやってみるね。」

回答

「うん、やってみればいい。いい経験になるんじゃないかな、人様に何かを教えるってのはとても良い。何がいいかって、アウトプットを意識せざるを得ないからなんだよね、ありがちな話だけど。何かを学んだり、習得しようとするときにはアウトプットを意識しろっていうのはとてもありがちな話だよね。でも、意識しようと思ってもなかなか現実的には意識できるもんでもないし、『アウトプット、アウトプット』って頭の中で呪文のように唱えてみたところで効果がないことは多くの人が経験済みだろう。けど、否が応でもアウトプットを意識する方法が、人に教える前提で学ぶってことなんだよね。自分ではわかったつもりのことでも、いざ人に、とくに公式の場で教えないといけないってなると、自然と復習してしかも今まで自分でも気づいてなかったことに気づいたりして、すごく良い勉強になる。だから、やってみるといいんじゃないかな。」

 行政書士はここまで一息でしゃべったかと思うとまだ呼吸に余裕があったらしく、大きく息を吐きだして、さらに大きく、しかし静かに息を吸い込み、再び話し始めた。

「で、あの駅でもやっぱり平日は夕方が混むんだ?住宅もそれなりにあるけど、商業施設が結構多いしそれになんといっても駅前にあのレベルの大学があると大学のための駅って印象が強いから、昼過ぎから夕方前あたりが一番混むのかと思ってた。大学生だしどうせ最後の授業まで出る学生なんてほとんどいないだろ?とはいえ、大学ができる前からそれなりに利用者がいる駅だから、やっぱり居住者の利用のほうがメインなのかな、どうなんだろ。」

 ここまで事務員は一言も発していない。ただ黙って二人の話に耳を傾けているだけだ。あるいは一言も耳に入っていないから、一言も発さないのかもしれない。

「で、なににビックリしたかっていうと」と、わずかなスキを見つけて補助者が続きを話し出した。

「教授はなんて?」それを遮るように行政書士はルートを修正した。

「うん、それなんだけど」補助者は素直にそのルートに乗った。生まれながらに素直なのだ。

「教授が言うには、今度の実験に用いる刺激はどうやって作るのかっていうのが気になるらしいんだ。ほら、今度の実験刺激ってメタファーだろ?まあそれはそれっぽいものを作ったとして、それがメタファーであるということをどうやって証明するか、とかその作成方法が妥当であることをどう説明するか、とか。そこんところが解決しないと実験の全体像の設計が難しいと思うって。」

「メタファーがメタファーであることの証明」と、行政書士は繰り返した。

「そう、メタファーがメタファーであることの証明」と、補助者も繰り返した。

「メタファー亀、タフであることの証明?」と、事務員が言った。

リテラルに解釈したら文意が通らないものはメタファーであるっていう考え方、つまりリテラルプライマシー理論をベースに組んでみたら?古典的だけど、彼らにはそれぐらいが丁度いいだろ?」行政書士は笑いをこらえながら言った。

「あー、それいいかも。てか、それでいこ!」補助者はいたく満足げな様子で大きくうなずき、元気よく部屋から出ていった。

「コーヒー飲む?」と事務員が聞いた。

「もちろん」行政書士はいたずらっぽく笑って事務員からコーヒーカップを受け取った。

「メタファー亀ってタフなの?」と聞いてくる事務員に、行政書士は「ありがとう、美味しいよ。」とだけ答えた。もちろん、笑いをこらえながら。